長いお別れ

氷川丸マリンタワーの営業がとうとう今夜で終了。PRサイトを見たら18時30分に「別れの汽笛」を鳴らすというので、急遽シゴトを切り上げて “別れの挨拶”をしてきた。


先日の日記にも記したけれど、私にとっての「横浜」といえば、やはり山下公園周辺がイメージなのだ。子どもの頃から親に連れてこられただけでなく、じつは結婚式を挙げたのも山下公園を臨むホテルだったし……さらに白状すれば、大学生のとき山下公園での大晦日カウントダウンイベントに、コーラス&ダンサーとして出演したこともあるのだ! うひゃあぁ…今となっては恥ずかしすぎる我が青春のひとコマである(笑)。
(でも終演後に、「握手してください」「お名前教えてください」「今度はどこで演るんですか?」なんて女のコたちが寄ってきたり、「ウチの店(ショーパブ)のオーディション受けてみない?」なんて声かけられたりもしたんですよ……などと、恥ずかしがってるクセに若いころの自慢もしたがる現在の自分41歳が愛おしいぞ:笑)


山下公園には私と同様、「別れの汽笛」を聞きにきた人びとたちが……。大群衆というワケではないけれど、慌ただしい年の瀬の平日にしては十分すぎる数だ。みんなひとりひとりがそれぞれの思いを抱いて、氷川丸マリンタワーに別れを告げた夜だった。



……などというノスタルジックな思いはともかくとして。
実際のところ営業という観点でみれば、マリンタワー氷川丸も今となっては魅力に乏しい現実は否めない。いや横浜という街のアイコンとしてのルックスは今でも健在だとは思うけれど、客からすれば外から見ればもう十分で、わざわざカネ出してでも入場したいと思わせる魅力を産み出してこなかったことが、こんにちの結果を招いてきたんだろうな…と私は思う。「みなとみらい地区ができて客の流れが変わった」とか「公共交通が至便でなかった」とか、それらしい言い訳をあげようとすればいくらでも出せるけれど、山奥の田んぼに客を招ぶワケじゃあるまいし、もともと客を招べるネタなんか本来はいっぱいあったのだ。むしろそうした既存のネタにあぐらをかいて、新たな客をよぶネタづくりをしてこなかったせいで閉鎖なんてことになったのだ。

数年前に【日経TRENDY】で全国のホテルの覆面調査をやったとき、山下公園に面した歴史あるホテルは2軒とも「設備の古さは仕方ないとしてもサービス面でも価格に見合わない」と酷評されていた。……いかにも山下公園界隈の現状を象徴する記事ではないか! 実際、私が結婚式を挙げたほうのホテルはその後、身売りされた。現在は3度目の新しい名前をつけた2度目のリニューアルオープンに向けて改装中だ。


妻に「氷川丸マリンタワーにサヨナラしてから帰るんで…」とメールしておいたら、クルマで迎えに来てくれていた。帰りはみなとみらい地区をぐるっとドライブして、今年で10周年だという全館点灯を車中から見物。ふだんのみなとみらいの凛とした夜景も私はかなり好きなのだが、今夜の煌々とした輝きもまた美しい。

……そらみろ、みなとみらい地区は、こうやって客を招ぶ努力をちゃんと続けてるんだよ。決して交通の便の問題だけで客の流れがこっちに移ったワケじゃないんだよ。これもまた、横浜観光の中心部としての現在を象徴するシーンに私には思えたのだった。


今後は、
マリンタワー横浜市所有となり2009年(←横浜開港150周年の記念年です!)にリニューアル再開の予定。氷川丸日本郵船orその関係先へ譲渡される予定だが、その先どうなるかは決まってない。とりあえず横浜港からどかすことだけは避けたい…とは言っているけれど、停泊させて放置するだけでも累積され続ける赤字をどうするのかという問題を解決する案もまだ定まっていないそうだ……。