片言(かたこと)の日本語

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


今年の1冊目は、大晦日に買っといた『ああ息子』(西原理恵子+母さんズ著/毎日新聞社刊)。

各賞を受賞し続ける傑作マンガ、『毎日かあさん』の読者であるお母さんたちによる、「ウチの息子だってこんなにバカなんですよ!」という自慢大会。我が家にもバカ息子3人いるため、身につまされる思い。バカでも愛しい…いや、バカゆえにますます愛おしくなる全国の“息子”たちの行状に新春初爆笑。男の私は自分自身がひとかどの“元・バカ息子”であった自覚と経験値があるから「ああ……あるある、こういうこと!」と思って読めるが、女性である“お母さん”たちは、息子を育てることそれ自体が、未知の領域なんだもんなぁ……お気の毒様です。
そのイキオイで、年明けに『毎日かあさん』も2冊まとめて購入。……笑った。泣いた。“無頼派キャラ”で知られる西原氏さえも子育てに翻弄されてしまうのが面白い。他の作品のように作者のガサツな振る舞いをネタにしたモノよりも、“あの西原理恵子が懸命に子育てしている”のに、“予想外のリアクションをする子ども達”という切り方のネタのほうが一層、ギャップ×ギャップで相乗的に面白い。


ところで我が家の三男(通称びび)は現在、ことばの勉強の真っ最中。
「ぎゅうにゅう ちょうだい」とか「びびちゃん うんち でた」 などという要求や主張ならともかく、「まま といれ いくって」「にいちゃん がっこう いってないよ」などなど、こっちが訊いてもいないことを延々と実況中継し続ける。お兄ちゃんにちょっかい出して撃退されたときでさえ、泣きながら「びびちゃん いま ないてるよ」と実況するもんだから、私は笑いっぱなしだ。こうやってしゃべり続けてことばをおぼえていくのだなぁ…と感心する。普段は仕事にいく私と異なり、家の中で四六時中ず〜っと相手しっぱなしの妻は、うるさくてゲンナリ気味のようだけれど。

このくらいの年頃の、片言の日本語をしゃべる息子を眺めては「オレのへなちょこな片言の英会話って、ガイジンからはこんな感じに聞こえてるんだろうなぁ」と思い、そのたびに「よォし、息子の日本語が上達するのと競争だ!」と英会話習熟熱に燃えるのだけれど……過去2回(長男&次男)はあっというまに挫折した。そこで今度こそは!…と強く思い立つこの年始、「英語がそれなりに通じるようになること」を2006年の目標としたいと思うのであった。


ところで男親である私の場合、自分の子どもに強い愛情が芽生えはじめるのは、ほ乳瓶も離乳食も卒業して、同じメシを喰うようになってからだなぁ……と思う。自分の酒の肴として用意した、豆腐とかサラダとか肉じゃがとか魚だとかの端のほうをちょっとつまんで、「ほら、お前も喰うか?」と箸を伸ばすと幼い子どもが“パクリ”。……そうなってくると「ああ、なんて可愛いんだろう……こんにゃろうめ」とナミダ目になるものだ。だが、女親である妻の場合は、私とはかなり違うらしく、もっといかにも“赤ちゃん”然とした時期の、赤ちゃん特有の甘〜いニオイがしてモチモチの肌をしているのが好みだそうで。そういう視点からすると、日に日にどんどん赤ちゃんらしさが失われてゆく三男を見ては、日に日にどんどん寂しくなるのだそうだ。

……ということで(なのか?)、
なんだか妻は、「今年は4人目しかも今度こそひとりくらい娘を産むぞ!」という気合いがノってきたようなのだ。……いったい、どうなることやら我が家の2006年は?