『リトル・ランナー』に泣く

Tuduki2005-12-26

『リトル・ランナー』を観た。渋谷ル・シネマほかで正月第二弾公開予定の“泣かせ”映画。

主人公は14歳の男の子。戦争で父親を亡くし、母ひとり子ひとり。だがそのたったひとりの肉親である母親は、重病で昏睡状態に陥ってしまう。「気の毒だが、奇跡でも起きないかぎり、お母さんが再び目覚めることはないよ」と医者は言う。それを聞いた少年は考えた。「…てことは、逆にいえば“奇跡が起きればお母さんは目覚める”ってことですよね!?」 そして少年は、自ら奇跡を起こすために…今まで走ったこともないのに…ボストン・マラソンの史上最年少優勝を目指すのだった…………だいたい、こんな話です。


「奇跡でも起きないかぎり、回復しない」というのを「奇跡が起きれば、回復する」と同じ意味だと激しく思いこんでしまう、母への愛ゆえの一途な誤解。リリースを読んだとき、よく出来たホラ話だなぁ…とものすごく感心した。もうリリース読んだ時点ですでにナミダ目になる私である。
……のだけれど、うぅむ。「よく出来たホラ話」だったハズなのに「出来すぎの大ウソ」になっちゃったなぁ…というのが鑑賞後の印象。ちょっとやりすぎだと思いました。また、どうせウソを塗り固めすぎてやりすぎるんだったら、さらにもっと突き抜けて、これは浮世離れしたファンタジーなんだ!と開き直っちゃえばいいのになぁ…とも。


とはいえ、
“泣かせ”映画ではあるけれど、全編に笑い(←しかも『パンツの穴』系!)を散りばめていて楽しいし、エッチなギャグがいっぱいでも心情はピュアだから、とても清々しい。また、ほかの映画でもそうだけれど、人間が“走る”映像というのは、理由はよく判らないが得も言われぬ崇高さや凛とした力強さがあるものだ。この映画も、その効果を上手いこと利用している。監督自身もともと長距離ランナーだったそうで、そのせいか“走る気持ち”に真摯なのがいい。いたずらに感動を強いるBGMを走る映像に重ねてないところは好感もてました。


題名『リトル・ランナー』はGAGAがつけた邦題。ヒット作『リトル・ダンサー(原題:BILLY ELLIOT)』にちなんで、勝手に『リトル〜』シリーズにする腹づもりだろう。でもまあ原題は【SAINT RALPH】つまり「聖ラルフ」なので、直訳や原題まんまの片仮名よりは判りやすくてよいと思う。原題に窺えるように、キリスト教的なものの考え方がベースになっているのだが、私みたいな多くの日本人にはなんとなくしか判らない世界だから。

意外に、『リトル・ダンサー』並みにビデオレンタル高回転の作品になるような予感。