中華街の思い出 ……せない店

Tuduki2005-11-30

昨夜は、神奈川県民ホール(小)で催された立川談志師匠の独演会に行った。

「60代最後の高座」だそうで、なにやら節目モード。演目は『主観長屋』こと『粗忽長屋』、それから『駱駝』。仲入りで突然下着姿を披露したり、ファンには超有名なあの『芝浜』のサビの部分を解説つきで演じてくれたり…と盛り沢山な内容。
今さら自分ごときが感想など綴ったところで詮ないのでパスするが、今回もまた「志らくは…談春は…志の輔は……」と、いつもの3人の直弟子の名を挙げていた。家元としても、やっぱりこの3人には格別の期待およびそれ故の不満を抱えているのだろうなぁ。たしかに、いずれ立川流家元の遺志を継ぐのは御三方なんだろうな…とは多くのファンも感じているのではないか? 「立川談志」という振れ幅のやたら大きい“天才”の、真ん中のどっしりしたところを志の輔師匠が受け継いで、一方の端のほう(古典にひそむ狂気)を談春さんが、もう一方の端のほう(新構築する狂気)を志らくさんが受け継ぐ…と。あの3人ですら、三人がかりでないと“再現”できない「立川談志」って、やっぱりスゲェ。


終演後は会場の周辺を久しぶりにぶらぶらと散策。

夜の山下公園氷川丸マリンタワーを眺め、結婚式を挙げた“ザ・ヨコ”(現ザ ヨコハマ ノボテル)を眺め、大珍楼新館で妻と子に土産を買おうかと思ったが面倒になってやめて、結婚式の二次会をやった「ウィンドジャマー」を眺め、その他いまはもうなくなった店の跡地を訪ねては、あれこれ思い出に耽った私だ……オヤジくさいねどうにも。


強烈な記憶が残っているのに、店名も場所もまったく思い出せないバーがある。
もう15年ほど前、横浜で生まれ育った上司に連れられて中華街界隈を飲み歩いたとき、「ここが中華街でたぶん最も古いバーだ」と教えられた店。その晩は素通りだったので、興味を抱いた私は後日、女のコと訪ねてみたのだが……

オシャレな店を勝手に想像していたのだが、まったくの見当はずれ。薄暗い店内には年輩のママがひとり。酒はウィスキーにしろジンにしろストレートか水割りかソーダ割りのみ、オシャレなカクテルなし。ボトル・キープもなし。……ママの笑顔もなし。オシャレどころか、かつて荒くれな船乗りどもが各国語での罵声を飛び交わしていたような“場末”感に充ち満ちたバーだった。場違いな存在かオレたち?…と不安な予感。
予感はあながち誤りではなかった。その後、さまざまな客が来たがどんどん門前払い。ほろ酔いの団体客は「ウチは騒ぐ店じゃないんだよ!」と追い返し、黒人連れの女のコは「売女が来る店じゃないよッ!」と追い返す。もしかしたら真剣に交際してるカップルかもしれないのに…恐えェ、とおびえる我々。
意を決して、おかわりを口実にママに話しかけてみた。「あのォ…じつは○○さん(上司の名前)に教えられて来てみたんですけど……」
険しそうなママの表情が和らいだ。「なァんだ…○○さんの部下なのアンタ? ウチに不似合いな若い子(注:当時の私は20代半ば)が来たなぁと思ってたのよ」あ…やっぱり場違いだったんだオレたち。「ちょっとパパ来て! この子、○○さんの部下なんだって!」
店の奥から、おそらく中華系と思われる御主人が表れた。我々はようやく受けいれられたようだ。その後は、○○さんの話題のほか、昔の横浜や中華街のさまざまな面白い話を教えてもらった……。

あの店は、なんという名前でどこの通りにあったんだろう……いまではまったく思い出せない。うろうろ歩いてれば思い出すかと思ったが、なにひとつ思い出せなかった。ママも御主人もいいトシだったので、とっくに店をたたんじゃったかもしれない。教えてくれた上司も、もういない。……どなたか御存じないですかね、このバーを? あの頃は再び行きたいなんて、とても思えなかったけれど、いまならちょっと覗いてみたい気がする。


そういえばそのとき御主人に、私はこんな質問をした。「安くて美味しい店を教えてくれませんか?」
そうしたら笑い飛ばされた。「“高くても不味い店”ならいくらでもあるけれど、“安いのに美味しい店”なんて中華街には存在しないよ」…と。
その言葉の真意は、のちのち私はとことん思い知らされることになるのだが……それはまあ別の話だ。“安くて美味しい”お気に入りの中華料理屋がある方々にも申し訳ない(でもやっぱり一応、教えてほしい)のでスノビッシュな発言はしない…私には似合わないし。
「じゃ、料理人の力量を見きわめるコツみたいなモノはないですかね?」となおも食い下がる私。すると御主人は「そういうときはね、パーコーメンを頼むといいよ」とひと言。
「なるほど! 中華の基本となるスープの味わいそして麺との絡み具合が判るうえに、具の排骨(パーコー)を食べれば、豚バラを上手に揚げる技術や油のキレ具合など、作り手の技術が判断できるってことですね!?」と私が感心すると、


「いやいや、パーコーメンを食べればおなかがいっぱいになって、ウマイとかマズイとかなんてこと、もうどうでもよくなっちゃうから」