怪談シリーズ(4) 幽霊タクシー

Tuduki2005-08-19

「お客さん…あそこの街灯の下に立っている女の人、見えます?」


……深夜に原稿を取りにいき、社に戻るためにタクシーを拾った。信号待ちしているとき、運転手が突然そう話しかけてきた。運転手の指さすほうを見ると、30〜40代くらいの女性が立っている。「あの女ね…たぶん幽霊ですよ、お客さん」「へ? ……ええぇっ??」


「幽霊ですよ」って言われても…どこをどう見ても、普通の主婦という感じなのだが。ブラウスにスカートと、服装だってごく普通だし。私がどう返答したらいいやらと戸惑っていると……

「こんな真夜中にね、普通の主婦があんな場所に突っ立っているハズがないんですよ……ブツブツ」と運転手。“ブツブツ”の部分がよく聞き取れなかったが、お経とか悪霊退散の呪文とか唱えてるんだったらイヤだなぁ…と気味悪くなった私。ともあれその“幽霊”とやら、ごく普通の年齢相応の服装だし、場所だって新宿区内の住宅地だし……深夜とはいえ女性が出歩いてたって特に不思議じゃないと思うのだが……? 


すると運転手は、私の疑念を見透かすように「ここは東京だから、真夜中に女が外を歩いてても珍しくはないでしょうけどね…あそこに立ってる女は、どう見たってホステスとかじゃないし、道路脇に突っ立ったまんまでコンビニに行くような様子もないでしょ。かといって、オトコのクルマを待ってる不倫主婦ならもっと化粧もオシャレもしているだろうし……要するに不自然なんですよ」と力説する。

なるほど……そう言われるとだんだんそんな気がしてきた素直な私だ。やがてタクシーは走り出し、女性の前を通り過ぎた。やっぱりどう見ても“ごく普通の主婦”だよなぁ。だがたしかに、ごく普通に見える人が、普通とはいえないシチュエーションで、ごく普通にしているのは、かえって違和感があるものだ。
「……それにアイツら、急に消えちゃったりするんですよ」と運転手。ええッ? ビビった私が、たった今まで女性がいたはずの場所をおそるおそる振り返ると…………い、いない!?








…っつうか街路樹の影になっていたし、クルマもどんどん離れていくので、正直よくわかりませんでした。幽霊を信じる人なら「ホントだ…消えた!」と思ったかもしれないけれど。


「ああいう“幽霊”って、夜中にクルマで走っていると結構見かけるものなんですか?」と私が尋ねると、「ええ、よくいますよ。いるはずがない時間や場所に、立ってたり歩いてたり……お客さんも夜中に走るときに注意して見てれば、見つけられると思いますよ」などと、いとも簡単そうに答える運転手。「サラリーマンの幽霊もいれば、遊んでいる子どもの幽霊もいますから」…だそうだ。
「手を挙げてタクシーを拾おうとする“幽霊”はいないんですか? 長い髪がびっしょり濡れてる女のヒトみたいなのは……」「幽霊が手を挙げたって、そんなの無視しますよもちろん」


……言うまでもないが、私が無気味で恐ろしいと感じたのは主婦の“幽霊”ではなく、乗客に唐突にこんな話をするタクシー運転手のほうだ。
……それから、もしあなたが真夜中にタクシーを拾おうとして手を挙げたのに乗車拒否された経験があったなら、それは幽霊に間違われたからかもしれないよね。