60年

Tuduki2005-08-15

THE BOOMの『島唄』は、恋人や親友や親子の別離をテーマにした広い意味での“ラブ・ソング”である。その解釈は正しいのだが…歌詞に描かれている本当の内容は、「集団自決」のことだ。夫が妻を…母が我が子を…息子が年老いた両親を…泣く泣く殺し合ったのだ。仲のよい隣近所や親類同士もだ。そんな、太平洋戦争のさなか沖縄で実際に起こった惨劇を描いたのが、あのヒット曲『島唄』なのである。
そういう解釈もありますよ…などというファンや左翼の戯れ言でなんかではない。宮沢和史氏本人が何度かそう言及しているのだから。一見男女のラブソングのようにみせながら、その奥に愛する者同士がお互いを殺し合わねばならなかった狂気を描きたかったのだ…と。
……私は幸福だ。その時代の沖縄に生まれなかったのだから。


で、その集団自決は、同じ日本人であるはずの旧日本軍の命令によって自害させられた…というのが定説(当然反論も反証もある)なのだが、拓殖大学藤岡信勝という教授は「旧日本軍が命令を出したという説は嘘だったことが判明した」と、今年6月に発表した。 彼の語るその“判明”の証拠は、「旧日本軍による集団自決の命令はなかった」と語る、たった3人の証言だ……繰り返すが、たった3人だ。(ついでに書けば、【サンデー毎日】の記事によれば、たった3日間の調査で、だ)。藤岡という男の論理では「命令を聞いてない」という証言が3人分あれば、その何百倍もの人々の「命令された」という証言も「嘘だ」ということになるらしい。それに…はて? 旧日本軍は無関係で沖縄の人々が勝手に集団自殺したんだとしたら、防空壕の中で爆発させた手榴弾は、いったい誰が持ってたんだろう?
……私は幸福だ。拓殖大学に行かずこの男の授業も受けずに済んだのだから。


で、その藤岡信勝が副会長を務める「新しい歴史教科書をつくる会」がつくった教科書(扶桑社)を、杉並区が正式に採用した。私は左右どちらの思想にも偏らず中道を究めたいと努める者なので、右派の人々の言う“自虐史観”についても、賛同はまったくできないがその言い分はわかってきたつもりだ。私には間違いとしか思えない記述のいくつかも、いち諸説として尊重するべきだとも考えてはいる。がしかし、自虐史観に反対する「つくる会」の答えのひとつが、“〜日本軍も勇敢に戦いました〜”などという表現だとしたら、呆れてものもいえない。客観的表記につとめるべき教科書で、情緒的な美化表現をしてどうしようってんだ?
……私は幸福だ。杉並区民じゃないから。大切な息子たちをそんな教科書で学ばせずにすむから。


で、その杉並区もある東京都の知事・石原慎太郎。彼が制作総指揮および脚本を担当する映画が、戦後60周年を記念してつくられる。「〜戦後60年の今だからこそ、戦争の記憶を風化させないためにも鎮魂の志を現代の若者たちに伝えたく」製作に臨むんだそうだ東映は。特攻隊として出陣する若者たちと、彼らを見守り“特攻の母”と慕われた女性の物語…なんだそうで、「未来あるはずの若者たちが、残酷な時代ゆえに愛する家族・恋人・郷土のために死にゆき、またある者は生き残った青春群像」を描くのだとか。(注釈:「 」内の文言は東映からの同映画の企画発表の案内状より引用)
映画のタイトルは『俺は、君のためにこそ死ににいく
…………東映石原慎太郎が、“戦後60年の今だからこそ”“風化させない”ようにと願っているのは、「お国のためには喜んで命を投げ出せ」という戦前の精神じゃないだろうな、まさか? 考え過ぎかもしれないが少々心配になる。
……私は幸福だ。東京都民じゃないから。


日本が前回直接参加した戦争が終わってから60年。60年も経てばいろいろ死ぬもんだ……被爆者も…大空襲の体験者も…殺し合いを憎む心さえも。