『クローサー』を考え直す

Tuduki2005-06-06

ダメ映画だと思った『クローサー』だけれど、ちょっと考え直しました。
【以下ネタばれしてます】

肝腎の痴話喧嘩が凡庸で単調だというのは確かだけれど……、
「小説家」「カメラマン」「医者」といった自他ともに認める(と少なくとも本人たちは考える)典型的な“スノッブ”な連中が、実際のところはなんにも判っちゃいない(凡庸なことも自覚していない)という現実を嘲笑することに徹底したブラック・コメディだとしたら、ちゃんと成立しているじゃん…と。


なにも私は「そういう斜に構えた見方もあるかもね」ということを提示したかったのではなくて……、
唯一スノッブでない肩書き「ストリッパー」のアリスが、本当は“アリス”じゃなかった!…というオチによって、“男女4人のドロドロ愛憎ドラマ(@ぴあ)”ではなくて、本当は“男女3人のドロドロ愛憎ドラマ+それに一歩ひいた立場で関わるもうひとり”という全体の括りを示されたように思えたのだ。だってあれで彼ら3人は、アリスと名乗る女性の真実をなにひとつ判っていなかったのが明らかにされたのだから。考えてみれば「N.Y.でストリッパーをやっていたのよ」という発言だって(偽名の)アリスが言ったことなんだから、それ自体が真実だったかどうかアヤシイもんだ。(…とまで考えるのは深読みか?)

……というのが全体の構図だとしたら、「あれ? それじゃあ結構オモシロイんじゃないのか」と思えた次第です。



監督のマイク・ニコルズといえば『卒業』。あれだって爽やかな青春ドラマを装いながら、母娘モノあり乳首くるくるリボンあり…とイヤ〜な苦笑を散りばめつつ、ラストだって一見「若さの勝利ッ!」的な爽やかさに見せておきながら、「……それはともかくこれから現実問題としてどうしようか?」的な曖昧なごまかし笑顔で終わる…という、じつはビターなコメディだった。あの監督なんだから、今回のもそういう仕掛けだったんじゃ…………

などなどとあれこれ考察したら、「どこを笑ってどこを感じ入りゃいいんだよ」などという不満はとても言えなくなりました。