春を感じる瞬間

Tuduki2005-03-31

「ねぇ、“釣り人”と“ルイ・ヴィトン”って似てると思わない?」



運転中に助手席の妻から突然こう質問された。
えぇと……………………こういう場合には、どう答えるのが正解なんでしょうか?? 「思う」と答えようが「思わない」と答えようが、そこから会話が発展するとは思えない。「わぁ、ホントだね」と同意するのが大人らしい配慮かも知れないが、[つりびと]と[るいう゛ぃとん]を似ていると認めるのはなんとも承伏しがたい。しかしながら両者を似ているとみなす思考自体は、笑いとしてはオモシロイので一概に否定する気にもなれぬ。だいたい会話の流れはもちろんカーラジオからも、釣り人やルイヴィトンの話題なんかこれっぽっちもなかったじゃんかよォ…………陽気のせいで浮かれてやがんなコイツ。長い沈黙の後に私は思うのだ。ああ今年も春が来たんだなぁ…と。


私の職場は某出版社なのだが、学校が休みになったせいで小中学生からのイタズラ電話が毎日かかってくる。夏休みには宿題や自由研究の問い合わせの電話が多く、冬休みは子どもなりに忙しいのかほとんど電話はかかってこないが、春休みは圧倒的にイタズラ電話だ。「もしもし……うへへへへ」「ボクちゃんさ、イタズラ電話するのはいいけど、君んちの電話番号がこっちの電話機に表示されてるよ。3XXX-XXXXだよね? これから折り返し電話するから、お父さんかお母さんに代わってね」「……ガチャン」。……ヒマを持てあましてやがんなコイツ。そして私は思うのだ。ああ今年も春が来たんだなぁ…と。


陽気とはウラハラに、暗い声の電話も多い。数年前にはこんな電話があった。「……(大泣きする女性の声)……」「もしもし? どうしましたか?」「あの…私、柴門ふみの漫画のモデルにされている者なんですけれど……」「はぁ?」「……彼女に言ってやってください! これ以上もう私の人生を面白半分に商売にしないでよ…って!!!!! …ガチャン」。もちろんこの女性がモデルであるはずはなかろう。しかし仮にそうだとしても、無関係の私に訴えてどうしようというのか? ……困惑のなか私は思った。ああ今年も春が来たんだなぁ…と。


また、こんな電話もあった。「夜中に突然の御電話で申し訳ありません。風邪薬をまちがえて2日分飲んでしまったんですが……どうしたらよいでしょうか?」「……あのォこちらは出版社なんですが。とりあえずここに電話するよりも、薬を出した病院か119番に御電話されたほうがよろしいんじゃないですか?」「ええ私もそう考えたのですけれど……じつはいまアメリカからTELしてるんですが、こちらは真夜中なんですよ。それでお医者さんや救急隊を起こしては悪いと思って、時差のある日本にTELしたんです」「時差って……今はここ東京が真夜中なんですけど」「え? あ……ガチャン」。……先方の状況を掴めぬまま私は思った。ああ今年も春が来たんだなぁ…と。


春の陽気とこの手の小事件が増えることの間にいかなる因果関係があるのか、私は知らない。また研究者たちがこの件についてどんな説得力ある学説を世に出しているのかも、私は知らない。私が判っているのは「春は、変な人や変な発言や変な事件が増える」という経験則だけだ。……でもまあ、全体的に“ゆるゆる”な私としては、社会の雰囲気までも“ゆるゆる”になる春は心の底から居心地がいい。


「さあて、明日は花見でもして春を満喫するか」と最後はそう〆めるつもりだったのだが……。今日はまだ木曜だったんですね。朝からずっと金曜だと思いこんでました。……ひとり赤面しつつ私は思った。ああ今年もゆるゆるの春が来たんだなぁ…と。