英語くらいは喋りたい

Tuduki2005-03-16

天下の往来で、身の丈190cmはあろうかという白人の大男に「ヂンボコ、捨てちょん!?」と問いつめられたら、あなたならいったいどうするだろうか?


外国語が苦手だ。せめて英会話くらいはできるようになりたいもんだと、新学期を間近にした今ごろになるたび毎年思うのだが…毎年そのままだ。
もちろん旅行に最低限必要な英会話なら私だってできる。「ビールをください」「トイレはどこですか?」「シャワーを直してください」……以上が、旅行に最低限必要な英会話のすべてだ。あとはすべてpleaseで済ませば充分。「タクシー、プリーズ!」「オーバーシーズコール、プリーズ!」「チェック、プリーズ。アンド、レシートもプリーズ!」てなもんだ。でも本当は私だって、小粋なジョークや風刺のきいた皮肉なんか応酬しあったりして「りあり〜?」とか「よーきでぃんぐ」などと言ったり言われたりしてみたいのだ。

“まあいいや、英語ができたってイタリアやフランスじゃ役に立たないもんな”と長年ずっと自分に言い訳をしていたが……3年前じつはそのイタリアで英語に助けられた。ホテルの手違いで部屋を間違えられたのだが、イタリア語なんか判るワケないし日本語が通じるワケもない。ホテルに抗議するための最後の頼みの綱が、つたない英語だったのだ。「なぜチェックイン時に確かめずに今ごろ言うのだ?」「んなこと言われたって、あんときはフロントだって…」「もうその部屋は埋まってしまいましたよ」「でもこっちは日本で入金済みじゃんかよ…」みたいなケンカ腰の英会話(たぶん)が10分ほど続いた後、結局ホテル側が折れて、別の部屋を用意してくれた。そのとき切実に思った。せめて意思伝達の道具としての英語を身につけてないと、いつか大変な目に遭うぞ…と。

以前、フィリピン人女性(たぶん)とイラン人男性(たぶん)のカップルを大久保の定食屋で見かけた。母国語が異なる彼らの意思伝達の道具は、驚いたことに日本語だった。ネイティブの私からみれば、なんともたどたどしい日本語だったが、彼らはそれで愛を育んでいた。
……字幕なしで映画を観るとこまで望んではいない、彼らのように国境や文化の壁を越えて意思疎通のできる「道具」を、私は欲しいのだ。


冒頭の「ヂンボコ、捨てちょん!?」と街頭で私を問いつめたのは、オランダ人(たぶん?)のバックパッカーだった。たまたま通りかかった私を捕まえて、まったく聞き取れない発音で必死の形相でなにかを尋ねている。周囲の人々は知らん顔しながら、横目で我々を観察していた。でもまあ旅行者が尋ねることなんて90%は道案内だろう。そうニラんで、まあ見せてみな…と地図をのぞき込んで…………理解した。ああ、なんだ。そういうことか!
彼の指さす地図には[Jimbocho Station]と書かれていた。訛った英語なのだろう、彼の叫ぶ「ヂンボコ、捨てちょん」とはジンボーチョー・ステーションつまり「神保町駅」のことだったのだ。

「ドンウォーリー、神保町ステーションはこの地下にあるデスよ」と私は英語で説明してやった。……ところが、彼はなぜか納得しなかった。地図を見せながらさらに私に向かって叫ぶように問いつめる。線路がこんなにたくさん通っている駅が地下に埋まっているワケないじゃないか、神保町はもっと大きい駅のハズだ……どうやらそう言っているらしい。そんなこと言われたってなぁ……。業を煮やした彼は大きな身振りまでつけてさらに大声で私に絶叫した。
「ノー、ヂンボコ〜〜ッ! モア…モア、ビ〜〜〜ッグ・ヂンボコ〜〜ッ!」

この話をするたびに「ネタだろ?」と必ず言われるが、脚色すらしてない100%そのまんまの実話である。今年こそせめて最低限の用件だけは伝えられる英語使いになろうやお互いに…なあ、あのときのオランダ人(たぶん)青年よ。
……と思ってはいるのだが、結局たぶん今年もそのままにちがいない。