順番が少し違います

Tuduki2005-02-10

小・中学校の同級生だった(昔は)女のコからメールが届いた。同じく小・中学校の同級生だったクラスメイトの死を知らせるメールだった。

数年前、専業主婦で退屈していた前述の(かつては)女のコが、元同級生のなかよし連中に招集をかけて飲み会を始めたのがきっかけで、ほとんど20年ぶりに我々は再会した。そして長い歳月の隔たりなんかなかったように、我々はあの頃に戻り、楽しい時間をすごした。あの当時、給食のとき牛乳を飲む瞬間に笑わせて吹き出させるのが流行したが、飲み会ではビールを飲む瞬間に笑わされて吹き出した私だ。「鼻から牛乳」ならぬ「鼻からビール」は、ものすごく臭かった。臭かったけど楽しかった。

「みんなが40歳になる年には先生もよんでさ、でっかい同窓会やろうぜ」と言っていたのだが、結局彼は同窓会に出られなかった。20年ぶりに飲み会で再会するまでの間に、交通事故でふたり、過労死でひとり、自殺でひとり……わかる分だけで、それだけの同級生が死んでいた。彼らの死を知り一緒に悼んだ仲間がひとり、今週からあっち側の仲間になったのだ。

……などと感傷的な文章をつい書いてしまった私だが、じつをいうとショックはショックだったけれど、ものすごく衝撃的というワケでもないんだよなぁ。なんでだろう? たぶん自分にとって「死」が、若い頃ほどには怖くなくなってしまったのだなきっと。

長男が生まれたとき、ものすごく素直に「もういつ死んでもいいや、用事はすんだ」と思えた。それから当たり前のように「さて、次は親父とお袋たちが死ぬ番か」とも感じた。“遺伝子の乗り物”がどうの“命のリレー”がなんだのという、ありがちなことばでまとめる気はないが、本当に落ち着いた気持ちで「もう親父の時代でもないどころか、オレの時代ですらない」と感じてしまったのだ。
もちろん、単に「死」が“怖くなくなった”だけで、死ぬのは“イヤ”だよ私も。両親にも長生きしてほしいし、「死」から出来るだけ遠ざかった世界にいたい。けれど、たとえ年齢相応の順番どおりでなく死神が早めにやってきても、「ちぇっ、しょうがねぇなあ…ったく」くらいの舌打ちひとつで、己の不運を受け容れてしまうにちがいない。

ところで……
くだんの(昭和が終わるくらいまでは)女のコから届いたメールなんだけれど、タイトルが「訃報 (ノ_・。) 」となっていた。こういう内容のメールで顔文字を使うとは……哀しいやらおかしいやら、複雑な気持ちになりました。
というわけで、明日は古い友達に別れを告げに、横浜中心部へ行ってきます。