イソップを読む

Tuduki2005-01-19

通勤電車の中で少しずつ読んでいた『イソップ寓話集』(岩波文庫刊)を本日読了。

イソップとはもちろん、イソップ童話のあのイソップだ。
いい年こいたオヤジが電車の中で「うさぎとかめ」や「アリとキリギリス」読んでるのかよ…と思う諸兄もいるだろうが、そんな諸兄にはひとこと言っておきたい。それどころか、橋の上でワンとほえて肉を落としたバカ犬もイソップだし、腹をふくらまし過ぎて破裂した母カエルもイソップなのだ…と。「町のネズミと田舎のネズミ」も「北風と太陽」も「金の斧、銀の斧」もそうだ。つまり、我々は幼い頃からイソップまみれの童話生活を送ってきていたのだ。

え〜と、要するに何が言いたかったのかというと、そんなにも作品が多いもんだから「たったひとりでこんなに話が創れるワケないじゃん。イソップなんて架空の人物でしょ」と私は今までずっと思ってきたワケです。ところが去年、とある本をつくるために世界各国のうんちくネタを集めていたときに「アイソポス(イソップ)は古代ギリシャで奴隷だった」という記録があることを知って驚いた、とそんな話をしたかったのです。……イソップって実在の人物だったんだ!(注:実際には「やっぱり実在しなかった」説や「実在はしたけど物語は多数の他人の寄せ集め」説もあるらしい)

数行程度の短い物語が472篇載っていたのだけれど、なんというか…正直いってスカッとしない話がほとんどで、なかなかスイスイとは読めなかった。面白くないわけじゃないが、やたら説教くさい。しかも「強者には逆らうな」「長いものには巻かれろ」「身のほどを知れ」といった“サラリーマン処世術”みたいな寓話ばっかり。子どものころに童話として読んだ物語が、いかに厳選されたうえに洗練された表現を得てきたものであったかが、この原典訳(だと思う)を読むとよくわかる。

けれど、それでもやっぱり「へえっ! あの話までもイソップだったの!?」と驚かされる話もある。イチバン驚いたのは、毛利元就の「三本の矢」の元ネタがイソップ作品だったという事実だ。
サンフレッチェ広島〉のチーム名の由来にもなった毛利元就のエピソード〜1本の矢なら簡単に折れるが3本まとまれば折れなくなる。だから兄弟なかよく協力して国を治めなさいと元就が諭した逸話〜が、じつはイソップのパクリだったとは!

イソップの寓話が日本に紹介されたのは、南蛮人の渡来と同時だとされる。印刷技術が輸入され、日本で最初に印刷された本のひとつが、イソップ寓話を翻訳した『伊曽保物語』だといわれる。その時はまさに戦国時代! ふぅむ、なるほど。おそらくは元就に仕えた知恵者の家臣が、たまたま当時最新のネタ本『伊曽保物語』を読んで、これは使える!…とひらめき、毛利家の、元就のエピソードとして改変して世に広めたに違いない。戦国大名にも主君の評判を高めるために暗躍した宣伝マンがいたのだ……! イソップを読んでいたはずが、思わぬところから500年前の日本…戦国時代へと思いを馳せた私であった……。


……などと、ひとりで目からウロコの思いで浸っていた私ではあったが、巻末の解説を読むと「三本の矢」の元ネタは戦国時代よりさらに1000年前(今から1500年前)に、すでに中国から日本に伝わっていたことがわかった。
要するに、私の戦国時代の宣伝マンへの思い(そして目からウロコ的感動)は、単なる誤解だったのである。

※写真はイソップ童話にちなんで、クモの巣にかかったトンボをイメージして撮りました。